来日した大物メジャーリーガーたち

先日、横浜Denaベイスターズに2020年サイヤング賞受賞者トレバー・バウアー投手が

入団するということで大きな話題を呼んだ。

しかし日本にはトレバーバウアー投手以外にも数々の大物メジャーリーガーが来日してきた。

ということでメジャーでタイトルを取り日本にやってきた、日本でキャリアを積んでからメジャーでタイトルを取った選手を紹介していこう

紹介例

名前 日本の所属球団(所属年)

メジャーでの獲得タイトル、メジャーでのAS選出経験など

野茂英雄 近鉄(1990-94)

最多奪三振×2(1995.2001) AS選出1回(1995)

 

1.トレバー・バウアー 横浜(2023)
サイ・ヤング賞(2020) 最優秀防御率(2020) AS選出(2018)

メジャー83勝、サイヤング賞に輝いたもののDV容疑等で出場停止処分を受け今年来日が決まったバウアー投手

開幕前ながらそのネームバリューとクソ翻訳動画で日本中から注目を浴びている

 

2.ドン・ニューカム 中日(1962)
MVP(1956) サイ・ヤング賞(1956) 最多勝利(1956) 最多奪三振(1951) 新人王(1949)
AS選出4回(1949-51.55)

サイ・ヤング賞初代受賞者にしてMVPにも輝いたドン・ニューカム

既に野球は引退済みであり、日本へは野手としての入団だったが81試合で.262 12本塁打 43打点の成績を残し1戦だけ投手としても出場とまずまずの活躍を見せた

 

3.ケビン・ミッチェル ダイエー(1995)
MVP(1989) 本塁打王(1989) 打点王(1989) SS賞(1989) AS選出2回(1989-90)

1989年、.291 47本 125打点の成績でMVP、二冠王に輝いたケビン・ミッチェル

ダイエーでは37試合出場で.300 8本 28打点の成績を残した

無断帰国2回で解雇され年俸問題によりダイエーと裁判沙汰になった模様

 

4.ソイロ・ベルサイエス 広島(1972)
MVP(1965) GG賞×2(1963.65) AS選出2回(1963.65)

1965年、.273 19本 77打点(+いずれもリーグ最多の45二塁打、12三塁打、308塁打)の活躍でツインズをリーグ優勝に導きMVPに輝いたソイロ・ベルサイエス

カープ初の外国人選手として来日したが既に全盛期の力は残っておらず48試合で.189 4本 10打点の成績しか残せなかった 

 

5.アンドリュー・ジョーンズ 楽天(2013-14)
本塁打王(2005) 打点王(2005) SS賞(2005) GG賞×10(1998-2007) AS選出5回(2000.02-03.05-06)

2005年.263 51本 128打点で二冠王に輝き、外野手のGG賞を10年連続受賞した守備の名手

日本でも四番として楽天初の日本一を初の日本一へと導いた他、ヤンキース時代イチローとチームメイトだったなど日本との馴染みも深い

 

6.ラリー・ドビー 中日(1962)
本塁打王×2(1952.54) 打点王(1954) AS選出7回(1949-55) アメリカ野球殿堂入り

先述のドン・ニューカムと共に来日。当時39歳と高齢であり、3年振りの現役復帰ということで72試合.225 10本 35打点と全盛期ほどの活躍はできなかったものの元メジャーリーガーとして話題を呼んだ

 

7.ジェシー・バーフィールド 巨人(1993)
本塁打王(1986) SS賞(1986) GG賞×2(1986-87) AS選出(1986)

巨人で104試合ながら26本のアーチを描いたが.215の打率とリーグ最多の127三振が足を引っ張り一年で解雇された

低打率だから仕方ないとは言え26本で53打点も中々ひどい

 

8.マニー・ラミレス 高知ファイティングドッグス(2017)
首位打者(2002) 本塁打王(2004) 打点王(1999) SS賞×9(1995.99-06)
AS選出12回(1995.98-08)

今回は少し特殊でNPB球団ではなく独立リーグと契約したマニー・ラミレス

メジャー555本の本塁打を放った自慢のパンチ力を高知でも遺憾なく発揮し、

23試合.413 3本 22打点 OPS1.094と活躍

NPBでもやればよかったのに

 

9.ベン・オグリビー 近鉄(1987-88)
本塁打王(1980) SS賞(1980) AS選出3回(1980.82-83)

メジャーで本塁打王を獲得しながら紳士的な人柄でファンに愛された選手であり、近鉄でも晩年でありながら2年どちらも3割20本を打ち活躍

 

10.フランク・ハワード 太平洋クラブ(1974)
本塁打王×2(1968.70) 打点王(1970) 新人王(1960) AS選出4回(1968-71)

メジャーで2度の本塁打王打点王を獲得し、後に監督にまでなった選手

しかし来日時点で膝を故障しておりわずか1試合3打席の出場にとどまった

 

 

11.フリオ・フランコ ロッテ(1995.98) 石川ミリオンスターズ(2015)
首位打者(1991) SS賞×5(1988-91.94) AS選出3回(1989-91)

24歳でメジャー昇格してからMLBNPB、メキシコリーグ、KBOアメリ独立リーグ、日本独立リーグなど13球団を渡り歩き57歳まで現役としてプレーし続けた

日本ではロッテ時代にベストナイン2回、ゴールデングラブ賞を1回獲得した他、独立リーグ石川でも57歳ながら25試合.312と活躍している

これがほんとの生涯現役

 

12.セシル・フィルダー 阪神(1989)
本塁打王×2(1990-91) 打点王×3(1990-92) SS賞×2(1990-91) AS選出3回(1990-91.93)

メジャーでは花を咲かせる事ができなかったが阪神で才能が開花し、帰国してから2度の本塁打王と3度の打点王に輝いたというかなり特殊な選手

長男のプリンス・フィルダーもメジャー本塁打王に輝いている

 

13.アルフォンソ・ソリアーノ 広島(1996-97)
盗塁王(2002) SS賞×4(2002.04-06) AS選出7回(2002-08) 最多安打(2002)

ドミニカの野球スクール「カープアカデミー」で才能が認められ来日

日本では2安打しか記録していないものの、メジャーで2095の安打を放った為日本の名球会入り資格も果たしている。

2006年46本-41盗塁で史上4人目の40-40を果たしている

 

14.ユリ・グリエル 横浜(2014-15)
首位打者(2021) GG賞(2021)

CNS(キューバのリーグ)で15年間.340 257本 1020打点の活躍を引っ提げて来日

正式には国外選手派遣ということらしい

 

15.ビル・マドロック ロッテ(1988)
首位打者×4(1975-76.81.83) AS選出3回(1975.81.83)    

メジャーで右打者ながら4度の首位打者に輝いた

しかし日本では.260代で微妙な成績に終わり1年限り退団

試合中は裏でファミコンしてたらしい

 

16.マイク・グリーンウェル 阪神(1997)
SS賞(1988) AS選出2回(1988-89)

メジャー通算打率.303の実績を引っ提げ来日。しかし野球をやめろという神のお告げという名言を残して僅か7試合の出場で帰国

その勇姿は今や伝説となっている

 

17.ケビン・ユーキリス 楽天(2014)
GG賞(2007) AS選出3回(2008.9.11)

メジャーでGG賞を受賞した守備力とハンク・アーロン賞を獲得した打撃力を引っ提げ来日したが、既に全盛期の力は残っておらず21試合で.215 1本 11打点の成績しか残せず解雇となった

 

18.ボブ・ホーナー ヤクルト(1987)
新人王(1980) AS選出(1982)

1978年にMLBドラフト全体1位でブレーブスに指名され、マイナーを経ずしてメジャーに挑戦。初年度から23本の本塁打を放ち1980年には.268 35本 89打点の成績を残して新人王に輝くなど活躍したが年俸が原因で来日を余儀なくされる

日本では93試合 .327 31本 73打点と活躍し、赤鬼と恐れられた

ちなみに古田敦也の応援歌はホーナーの流用である

 

19.レジー・スミス 巨人(1983-84)
GG賞(1968) AS選出7回(1969.72.74-75.77-78.80)

MLBで314本の本塁打を放ったメジャー仕込みのスイッチヒッター

日本では2年で186試合 .271 45本 122打点の戦績を残している

 

20.アダム・ジョーンズ オリックス(2020-21)
SS賞(2013) GG賞×4(2009.12-14) AS選出5回(2009.12-15)

2017年、WBCアメリカ代表を初の優勝に導いた通称"本物"

日本では期待されていた活躍は出来なかったが、杉本裕太郎や宗佑磨の打撃開眼に一役買った

 

21.トニー・フェルナンデス 西武(2000)
GG賞×4(1986-89) AS選出5回(1986-87.89.92.99)

ショートで4度のGG賞を受賞し2240本のヒットを放った好守の内野手

日本ではサードとして起用されリーグ4位の打率.327を記録した

 

22.クリート・ボイヤー 大洋(1972-75)
GG賞(1969)

メジャーMVPケン・ボイヤーの弟にしてMLBで1396のヒットを放った選手

日本では4年間で.257 71本 218打点とダイヤモンドグラブ賞2回の成績を残した

また引退後も大洋のコーチとして田代富雄を1軍に抜擢したり山下大輔の育成に尽力

 

23.ウェス・パーカー 南海(1974)
GG賞×6(1967-1972)

MLB時代9年で1110安打と6度のGG賞を獲得した好守の一塁手

日本でも在籍一年ながら自慢の打撃を武器にリーグ5位の打率.301とダイヤモンドグラブ賞を獲得

 

24.デービー・ジョンソン 巨人(1975-76)
GG賞×3(1969-1971) AS選出4回(1968-1970.73)

メジャー通算1170安打とGG賞3回獲得の実績を引っ提げ巨人初のMLB出身野手として来日

日本では初年度.197と低調な成績に終わり、巨人初の最下位の原因としてファンから叩かれた。2年目は.275 26本とぼちぼち活躍するも、長嶋監督とのいざこざもあり退団

引退後はメジャーでコーチを歴任し、1986年監督としてメッツをWS優勝に導いている

 

25.ジョー・ペピトーン ヤクルト(1973)
GG賞×3(1965-66.69) AS選出3回(1963-1965)

メジャーで219本の本塁打を放ったパンチ力とGG賞を3回受賞しミッキー・マントルの後継者とまで言われた選手

日本ではその素行の悪さが有名で、日本プロ野球史上最悪の外国人選手とまで言われた

 

26.フロイド・バニスター ヤクルト(1990)
最多奪三振(1982) AS選出1回(1982)

1976年にMLBドラフト1位でアストロズに入団しMLB133勝、最多奪三振獲得経験の実績を引っ提げ来日

日本では左肩の故障の影響で成績を残す事は出来なかったが、彼が持ち込んだトレーニング方法などはヤクルト投手陣に影響を与えた

 

27.ビル・ガリクソン 巨人(1988-89)
最多勝利(1991) 

来日前からぼちぼちの成績を残していたが巨人入団後の1991年最多勝を獲得した

 

28.マイラズ・マイコラス 巨人(2015-17)
最多勝利(2018) AS選出2回(2018.22)

来日前の2014年は2勝5敗防御率6.44と活躍できていなかったが、巨人で2015年に最高勝率、2017年に最多奪三振のタイトルを獲得するなど眠っていた才能が開花。帰国後の2018年に最多勝利を獲得した

 

29.ブラッド・ペニー ソフトバンク(2012)
最多勝利(2006) AS選出2回(2006-07)

2006年に16勝9敗防御率4.33で最多勝を獲得し活躍

2012年ソフトバンクに移籍するも3回1/3で6失点(自責点4)5盗塁を決められるなど適応できず僅か三か月で帰国した

 

30.リッチ・ゴセージ ダイエー(1990)
最優秀救援投手×2(1975.78) 最多セーブ×3(1975.78.80) 

メジャーでは最多セーブ3回や最優秀救援投手を2回獲得するなど活躍、ダイエーの入団テストは一度不合格になったものの、抑え不在のチーム状況から再度入団テストを行い入団

しかし2勝3敗8セーブ防御率4.40とあまり活躍できず一年で退団となった

 

 

 

 

 

 

おまけ(日本人)

1.イチロー オリックス(1992-2000)
MVP(2001) 首位打者×2(2001.04) 盗塁王(2001) 新人王(2001) SS賞×3(2001.07.09)
GG賞×10(2001-10) AS選出10回(2001-10) 最多安打×7(2001.04.06-10)

 

2.大谷翔平 日ハム(2013-17)
MVP×2(2021.23) 本塁打王(2023) 新人王(2018) SS賞×2(2021.23) AS選出3回(2021-23)

 

3.野茂英雄 近鉄(1990-94)
最多奪三振×2(1995.2001) 新人王(1995) AS選出1回(1995)

 

4.ダルビッシュ有 日ハム(2005-11)
最多勝利(2020) 最多奪三振(2013) AS選出5回(2012-14.17.21)

 

5.佐々木主浩 横浜(1990-99.2004-05)
新人王(2000) AS選出2回(2001-02)